知らない街、周南市へ
最近初めて、山口県は周南市に行ってきた。
何一つ下調べをしていなかったので、
海があることも、工場地帯があることも、何一つとして知らなかった。
駅に着く直前、車窓から見えたのは海と海に浮かぶ島、そしてその手前に広がる工場地帯。
長野県生まれ、長野県育ち、東京都在住の私には馴染みのない光景で、とてもワクワクした。
長野県民と海への憧れ
長野県民の海への憧れは尋常ではない。
海を見るたび、毎回大きな感動を覚える。
そういえば、以前ラジオを聴いていたとき、
「R.N. 長野県には海がない さん」というリスナーがいた。
そのラジオネームに、思わず笑ってしまった。
海がないことをラジオネームにするくらい、
その存在を日常的に意識している人がいる。
その一生変わらないだろう憧れに、どこか自分と重なるものを感じた。
今回も、海が見えるだけでだいぶ満たされた。
帰り道、新幹線の乗り場から海を眺めながら、ふと思った。
海を知らずに生きた人々
今の時代、海のない県に住んでいても海の存在を知らない人はいない。
けれど大昔、海なし県の長野に生まれ、そこで一生を過ごした人々の中には、
一度も自分の目で海を見ることなく人生を終えた人もいたのだろう。
海が日常にある人と、そうでない人では、
世界から受け取る感覚がまったく違っていたはずだ。
長野にしかない景色
海に限らず、長野にしかないものもある。
長野で生まれ育った人にしか感じられない世界が、きっとある。
生まれたときから当たり前のように見てきた長野の景色には、
ありがたみを感じることもなく過ごしてきた。
しかし、東京に住み始めてから、長野を絶賛する大人たちの話や、
たまに帰省して眺める景色を通して、
確かに長野にしかないものがあることを感じられるようになってきた。
当たり前のように背景にそびえるアルプスの存在感とか。笑
当たり前の中の特別
生まれ育った場所では気づけない、
その土地にしかないもの。
その力を日々浴びながら、
その特別さに気づくことなく生きている人たちが各地にいることを、面白いと思った。
行かなければ感じられないこと、
自分が面白いと思うことは、自分でしか見つけられない。
久しぶりに知らない街へ行って、
この感覚をまた味わうことができて、とても良かった。